身近な幸せ

 地元の友人から電話が入ったんですよ。あれは地元を離れて3年目の大学4年生の夏でした。久しぶりに聞く懐かしい友人の声に僕も就職活動で疲れていた僕も思わず笑顔を浮かべながら電話の向こう側の彼の話に耳を傾けました。彼の近況やその他の地元組の友人たちのことなんかを話してもらっていると、会話は弾みに弾んで話題はいつしか高校の頃の思い出話に。「用もないのに夏休みに学校行って遊んでたよなー」、「そういえばあの先生のクルマのシートの下にエロ本おいてあったよな」なんて出てくる話題は傍目に聞いてれば本当にどうでも良いような内容ばかり。だけどそういうしょうもないような思い出があってそれを共有できる友人がいるっていうことはなかなか気づけない「身近な幸せ」だと思うんです。

ひとしきり話題が出尽くした頃、彼はそういえばといってある先生の話題を出してきました。それは僕が高校2~3年の頃に在籍していた先生で僕の隣のクラスの担任でした。この先生が担当の授業もなかったしあまり会話をしたことがない先生だったんですけど黒縁のメガネが印象的などちらかと言うと物静かで真面目な先生でした。友人が言うにはなんでもこの先生、電車内で女子高生に痴漢して捕まっていたそうなのです。この話を聞いた当時は「おいおいマジかよー、あいつやっちまったなー」なんて笑い話にしていたのですが、だけど今になってふと思うんです。この先生も身近な幸せに気づけなかっただけなんじゃないかと。

 職場に行けばそこは女子高生で溢れかえってるパラダイス。まあスカートの中とかは難しいにしても夏場なんてブラウスの上から透けブラ拝み放題でしょう。僕が高校生だった当時であの先生はすでに30代後半ぐらいだったと思いますからいつしかそんな職場環境になれるうちに「女子高生を視姦し放題」っていう全国の変態どもが羨む幸せを忘れてしまったんじゃないでしょうか。で、犯罪に手を染めてしまったんじゃないでしょうか。犯罪はたしかに許されることではないでしょう。だけど身近な幸せに気付けなかったがゆえに悪の道に走ってしまったあの先生を憐れむことぐらいは許されても良いんじゃないでしょうか。根っからの悪なんてのは本当の意味では存在しないんじゃないかと僕は思っています。周りの環境のせいでただ結果的にそういうふうに見えているだけでね。

本当に何もすることがなくてボーっとしている時、ちょっと自分の身の回りを見渡して身近な幸せを再確認してみるのも悪くないではないでしょうか。
もしかするとそこには素敵な発見があるかもしれません。


余談ですが会社をクビになりそうです。
働けるって意外と幸せなことだったんだなー。